Jun29
Week Point  
2008年6月29日 TOM
プールに行ってやる



プールに行ってやるのだ。




あ~

夏だなぁ。



この上記の当たり前のようなセリフが、トムにとっては重い意味を持つのである。

愛しているから、夏を。

憎悪してるから、冬を。



先日、夏の到来を告げる光景を目にした。

トムの家の窓からは、ある小学校が見下ろせる。その小学校は屋上にプールを設置している。その日は梅雨にもかかわらず、昼間から石原良純も真っ青になる真っ青な青空。トムが練り全権大使になる日も近いというものだ。



トムは昼間はお休みの日だったので、朝から窓際にて珈琲で読書をしていた。すると窓の外からピッピッという笛の音と、子供らの元気な声、というか軍隊ばりの、繰り返される統制の取れた「はいっ!」という返事。何事じゃ、と窓を見下ろすと、25メートルのプールサイドに子供たちと教員たちの姿が。

「おお、もうプール開きか」と夏の到来を感じ、一人感慨に浸る。と同時に、懐かしさに立ちつくした。学校のプールのあの消毒された匂いや、足の裏のむずがゆくなるようなプールサイドの感触を、ありありと思い出した。



読書しながらその様子を何の気無しに伺っていたのだが、おかしなことに気づいた。

なかなかプールに入らないのである。



聞こえてくるのは、相変わらず繰り返されるピッピッと、そのつどそれに答える「はいっ!」である。なんか軍隊みたいである。

再び目をプールにやると、プールの一方の側には男子が、対岸の方には女子が、それぞれきちんと体育座りをし、皆おしなべて真剣な顔つきである(正直、顔つきまでわからなかったが)。

何か注意事項を延々と説諭しているのだろう。無理もない。一昨年であったか、市営プールに遊びに来た小学生が犠牲になってしまった痛ましい事故があったのだ。教師も少しは過敏にもなろうものかもしれない。

教師の人数も少し気になった。プールサイドにぱっと見、7~8人はいるであろうか。多いな、そんなにいるものなのか、と思いつつ読書に戻る。



話の内容は聞こえない。ただ、時折‘ピッ’っときて「はいっ!」が、繰り返される。

ようやく点呼のようだ。‘ピッ’を合図に、子供たちが元気よく数字を叫びながら立ち上がる。‘早くプールに’、というフラストレーションが溜まっているのであろう、中には数字というよりただの雄たけびにしか聞こえない人もいた。「びゃゃひぇいっ!」みたいな。そりゃ早く入りたいよなぁ。

立ち上がった後も、講義らしきものは続く。ときおり落ち着きなく身動きする生徒には、容赦のない笛が飛ぶ。

‘ピッ!’。「コルァそこっ!誰が動いていいって言った!」。



怖い。

ずいぶん厳しいな。そんなにはしゃいでる感じでもなかったが、、。

しかしそれも仕方がないか。そりゃ過敏にもなろう。

‘早くプールに入りたいだろうに’と思いながら、読書を続ける。

しばらくすると、‘ピッ’っとともにバシャバシャという音が。目をやると、一列ずつプールの淵に座り、足だけを水につけて、バシャバシャとバタ足をしている。‘ピッ’でバタ足を始め、‘ピッ’でやめる。それを繰り返す。

‘おぉ、ようやくここまで来たか。早く体をプールに沈めたいだろうに’、と思いつつ、再び読書へ。


まただ。

‘ピッ!’「コルルルァァァそこっ!勝手に動くなっ!」。



怖い。

目をやると、せっかく足までこぎ着けた子供たちは(うまいな、これ)、なぜか再びプールサイドに逆戻りされている。う~む、ずいぶんじらすなぁ、あの教師。その点には若干の共感を感じたが。こうして、教師は子供に大人の世界を少しずつ垣間見せているのだなぁ。

しかし共感を感じるものの、早く水に入れてやればいいのに、と読書へリターン。



しばらくして、‘ピーっ’の合図とともに控えめな歓声と水の弾ける音が。

目をやる。生徒たちがプールに浸かり、自らの体に水をかけている。最初は胸、そして顔へと、合図とともに水の温度に体を慣らしてゆく。

おぉ。子供たちはきっともう期待で胸いっぱいだろう。早く、早く、と。この時点で、なぜかトムの胸もいっぱいになってきた。子供たちの立場を思うと、自分が生徒の一人になったかのように心が躍った。‘早く、、、早くプールに’。

その後、S教師の指示とともに男女がそれぞれ二列に別れ、お互いの方を向き合う。きっと体を慣らすためにも、水のかけあいっこをさせるのだろう。

S教師が‘よーいっ’と声を上げる。

生徒たち かまえる。

トム かまえる。

‘ピーっ!’。

一斉に水しぶきがあがる。今度こそ楽しげな生徒たちの歓声。わいわいキャーキャー。たまらずトムも歓声をあげる。祭りじゃ祭りじゃ~ぃ。

しかし早々に‘止め’の合図(30秒もなかったか)。‘ピッ!’「グォォルルルァァっ!早く止めんかいっ!」。

すみせんでした教官。ふむぅ落ち着け、と自分に言い聞かせ再び読書へ。

おそらくこの後は、念願の自由時間になるだろう。きっと生徒たちの期待もピークを迎えていることだろう。一人そう思い、ほくそ笑む。



ふと気がついた。

静かだな。

本から窓の外に目を移す。自分の目を疑った。

生徒たちが再びプールサイドに戻されているのだ。

いやいやいやいや

いやいやいやいや

今度こそ本当に声に出してしまった。「いやいやいやいや」。

いくらなんでも、じらし過ぎである。それはもはやプレイではない、虐めの域だ。けしからん。実にけしからん。

心底、生徒たちに同情してしまった。

その後、自由時間らしきものはあるにはあったのだが、それもたった3分程である。

自由を得るには数ある不自由を乗り越えないといけない、ということを暗に教えているのか、過敏になりすぎているのか、これではあんまりだ。

さぞ生徒たちは不完全燃焼だったろう。ついでにトムだって悶々とした。




そのあと、もうひとつ、ある光景がトムに夏の到来を教えてくれた。悶々もきれいに吹き飛んだ。



プールから生徒たちの姿もなくなり、元の静けさが戻ってきた。キリの良いところで読書を中断し、コーヒーを片手に人気のなくなったプールを見下ろす。

教師と思しき大人が、まだ二人残っていた。片方は男性、片方は女性。後片付けだろう。




?  ?

にしても、あの二人ずいぶん距離が近いな。



?・・・・?



・・・・・・・・・・・



!!!




キッス、しやがったのである。



乾燥系のドライな、チュッという感じである。






そうか、夏が来るのだなぁ。






あの小学校の首根っこは、



トムが握っている。
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