Dec29
魔法
2013年12月29日 松本
「倒れるように寝て 泣きながら目覚めて」…
 この一カ月ずいぶん仕事にせっつかれていやになっていましたが、今は人並みに年の瀬の平安に浴しているところです。
 そのリラックス気分のなか新曲「魔法」を録音しました。先週まではピアノで肩のこるような絢爛なアレンジをつけたろうかと息まいていたのです。で実際はこういう一杯ひっかけたかのようなゆるゆるギターという(笑)
 一応クリスマスについての歌なのですが、まあロマンチックとかそういうものを小生に求められても困るわけでー、その時の自分の印象をメロディと詞に翻訳したというだけのことです。
 元々ピアノ用の曲でして、演奏だけのものを今年の二月くらいに録音していました。http://soundcloud.com/tomazmok
 メロディがすこし手抜きだったりしますが、こちらは多少ロマンチックにきこえるかもねー。

 そう、美術館でクリムトの絵を見ながら、中日ビルの二階から外を眺めながら「魔法」という言葉について考えていました。
 思うに魔女狩りの時代ならいざ知らず、科学的思考が進んだ現代では魔法とよべるものはほとんどないのではないでしょうか。ものの仕組みを知ろうとすればすぐにインターネットで検索できたりしますしね。
 そんな中で僕たちが「魔法だ!」と叫んだりするのは、きまって科学的思考を放棄したときのはずです。
 また、ひとりで魔法と名づけるのは気恥ずかしかったりします。先にいったような科学的思考を放棄する姿ですし、自分にとっての魔法がおとなりの賢いひとにとってはどうってことないことだったり…はい、よく経験することですね。
 魔法とは他者と共有することではじめて意味を成す言葉なのです。また“魔”という文字から連想する恐ろしい事象にではなく、誰かと向き合って笑ってしまうような、そんな甘美なハプニングに際してこの言葉がこぼれるはずです。

 さてここまで自分なりに「魔法」を定義づけてみましたがどうでしょうか。つくづく文章にするのはむつかしいと痛感するところなんですが、まあ短くいえば、魔法ってなんだか情緒的で自分とは合わないなあというところですね、はい。
 でも人と対する中でその人の言動やその場でおきる現象を逐一科学的思考で解析していける智謀神のような存在にはなれません。
 やはりわからないことがあるから「不思議だなあ」とかなんとか、魔法ということにして同調をねだる態度になっているものです。
 これは音楽にもいえることですね。ひとりでやる時は自分の鳴らす音の意味はある程度把握しているので魔法なんていわないのですが、バンドになると事情が違ってくる。整理できないくらいの音やリズムに出くわすから「うおおお音楽の魔法やあ!」などとばかみたいに興奮したりするのです。
 ひとりで理性のおよぶ限りわからない事象をしらみつぶしにするような作業は、ワタクシのような自称“理性男子”の生き甲斐とするところです。でもなにか起こったとき誰かと「魔法ですなあ」と一緒に首をかしげて笑い合う、そんなひとときもまた愛おしいものです。

 この文章の書き出しはスピッツの「魔法のコトバ」から借りてきたものでした。「魔法のコトバ ふたりだけにはわかる」 http://www.youtube.com/watch?v=gPTFyx2R46w
 スピッツの中でいちばん完璧なメロディではなかろうか。あと、ふたりだけにはわかる―やはり他者がいないと魔法になりえないのです。僕のこの「魔法」という曲も、どこかにわかってくれる人がいるといいのだがw

 けっこう長いこと書いたなあ。そしてそうこうしているうちにも年が暮れてゆくのです。
 よし思いつきだけど来年の抱負がきまりました。それは、「魔法」とよべる瞬間に何度も立ち会うこと、です。このためには家から出て人とたくさん出会わないといけないからなかなか難しいぞ~。
 とりあえず年明けバンドの録音で魔法がうまれたらいいなあと願っておきます。それではよいお年を!
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